沖縄本島北部の今帰仁村(なきじんそん)に、沖縄県を代表するグスクである今帰仁城跡があります。読み方は「なきじんじょうあと」。2000年に世界文化遺産に登録された「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つです。
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今帰仁城跡の歴史と見どころ
今帰仁城跡の歴史は古く、定かではありませんが、13世紀頃までさかのぼるといわれています。かつて沖縄本島は、北部地域を北山(ほくざん)、中部地域を中山(ちゅうざん)、南部地域を南山(なんざん)の3地域の支配下にある戦国時「三山鼎立時代(さんざんていりつじだい)」があり、それぞれに王がいました。
15世紀に琉球王国が成立する以前から存在していた北山王(ほくざんおう)の居城として築かれた今帰仁城跡。北山王は、北部地域を中心に支配し、中国と貿易をしていましたが、1416年に中山を支配していた尚巴志(しょうはし)によって滅ぼされ、今帰仁城跡は1422年以後、琉球王府から派遣された監守の居城となりました。1665年に最後の監守が引き上げてからは、祭りを執り行う場所として残されたといわれています。
別名・北山城とも呼ばれる今帰仁城跡は、敷地面積が8haに及び、首里城に匹敵する広さを誇ります。地形を巧みに利用した曲線の美しい城壁が全長1.5kmにわたって城を取り囲む姿は中国の万里の長城のようです。直線的な日本の城壁とは異なり、国交のあった中国の影響を受けていると考えられていますが、明らかではありません。
「古期石灰岩」を使った守りの固いグスク
沖縄に残る他のグスクの城壁は、柔らかく加工しやすい琉球石灰岩で築かれていることが多いのですが、今帰仁城は敷地内で採取した硬くて重い「古期石灰岩」を使用して築かれています。
また、「古期石灰岩」は太古(中世代三畳紀)にできた石なので、石によってはアンモナイトの化石が入っていることもあります。硬くて加工が難しいことから、石の自然な形を利用して積み上げる「野面(のづら)積み」と呼ばれる最も古い技法が使われていて、ここからも悠久の時を感じさせてくれます。
紺碧の海を一望できる絶景スポット「御内原」
北殿跡の北側で一番高い場所にある御内原(ウーチバル)には、かつて「女官部屋(にょかんべや)」があったとされ、城内で最も神聖な場所とされる男子禁制の「テンチジアマチジ御嶽(うたき)」を見ることができます。
御内原の北側は開けていて、城壁のほぼ全てを望む絶景スポット。眼下には青い海が広がり、やんばる(沖縄本島北部)の山々や、伊平屋島、伊是名島、晴れた日には鹿児島県の与論島までも見渡せます。どこまでも続く城壁とコバルトブルーの海は一度見たら忘れられない景色です。
今帰仁城跡のシンボル「平郎門」で記念撮影を
今帰仁城の正門である「平郎門(へいろうもん)」は、琉球王国の王府が編さんした地誌「琉球国由来記」に、「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場する歴史ある建物です。現在の門は、1962年に修復されたもので、左右にはざまがあり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた頑丈な作りになっています。
野面積みが特徴の「平郎門」は今帰仁城跡のシンボル的建物です。門をくぐると、石畳の真っすぐな参道と7段、5段、3段が繰り返される七五三の階段が続く趣ある風景が見られ、記念撮影のポイントとしても人気の場所です。
沖縄屈指の桜の名所・今帰仁城跡
今帰仁城跡とその周辺は、毎年1月中旬~2月初旬に掛けてカンヒザクラ(寒緋桜)が咲き誇り、沖縄有数の桜の名所として親しまれています。
開花時期には、城壁の幻想的なライトアップや、平郎門から城内への参道にろうそくを灯す「グスク花あかり」、地域の伝統芸能を披露するイベントなどが行われます(中止の場合あり)。
紹介記事:ひと足早く沖縄に春を告げる「カンヒザクラ(寒緋桜)」
桜の季節や、新緑が眩しい季節の風光明媚な景色と、歴史ロマンあふれる世界遺産を合わせて堪能できる「今帰仁城跡」。次の沖縄旅行の際には、ぜひ足を運んでみてください。
「今帰仁城跡」
住所:沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊5101番地
電話:0980-56-4400
URL:https://www.nakijinjoseki-osi.jp/
※新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から臨時閉園中(当面の間)
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